視界が遮られるほどの豪雨に見舞われた、8月31日のAC長野パルセイロ戦。グラウンドには水が溜まり、ボールが止まってしまうのでは……。そんな不安もあったが、相模原ギオンスタジアムのピッチコンディションは“いつも通り”良好だった。
どんな時も青々とし、水捌けのいい芝生が選手を迎え、プレーを支える。
SC相模原が戦う舞台と日々向き合い、メンテナンスをしている一人が日本体育施設株式会社に勤めるグラウンドキーパーの関口将稔(せきぐち・ゆきとし)さんだ。柔らかい物腰でありながら、ブレない芯を持って自身の仕事に向き合うその姿は、まさに職人だ。
そんな関口さんはいかにしてグラウンドに向き合い、“聖地”と呼ばれるギオンスを守っているのだろうか。
取材・文=舞野隼大(SC相模原オフィシャルライター)
グラウンドキーパーの仕事は農業に近い
──関口さんが今のお仕事に携わられたのは、何年前からですか?
まだ4年前ですね。ベテランっぽく見られますけど、50歳の新人です(笑)。
以前は今の仕事とは全然関係のない、スポーツ用品の小売店で働いていました。40代半ばで勤めていた会社が破産してしまい、次になにをしようか数年考えていた時期に芝生管理の仕事を見つけ、直感的に「やってみよう」と思って始めました。
──相模原ギオンスタジアムには、何年間携わっているのでしょうか?
最初の半年は町田GIONスタジアムにいて、そこからはずっとここのスタジアムに携わっています。
──実際に始めてみて、いかがでしたか?
イメージと違うなと感じることもありました。「グラウンドキーパー」という名前の響きに憧れていたところもあったのですが、実際は農業に近い感覚もあって新鮮です。
──3年以上も管理をしていると、芝生が持つ特徴もよくわかってきそうですね。
はい。芝生そのものの特徴もありますけど、ギオンスは日照を制限するものがありませんし、風を遮るものがないことも特徴。土壌やスタジアムの作りも大きな要素として関わってきます。
ほかには土壌もとても重要ですね。試合で踏みつけられると地面が硬くなって、芝生が水や栄養を吸い取る根っこが伸びなくなってしまうし、選手の怪我にもつながってしまう。ですので1カ月に一度、グラウンドに穴を空けて空間をつくるということを行ってます。
──仕事の大まかな流れを教えてください。
1年間の流れで言えば、春先は冬芝を衰退させて夏芝に切り替えさせて、秋にもう一度、冬芝の種を蒔いて夏芝と共存させるというサイクルがあります。その流れに則って月々のスケジュールを組んでいってます。1日の流れで言えば、まず朝に芝生の状態を見て、天気によってその日やることを前後させたり内容を変えています。
──今日は、お昼は晴れていましたが夕方ごろから雨が降ってきました。
今日だと午後の天気が“怪しい”というのは週間の予報で確認していました。週末にSC相模原の試合が控えていますし、天気が不安定だったので予定を変えて、朝イチでラインを先に引くことにしました。その後に、雨でもできるグラウンドの補習作業を行いました。
──雨だとできない作業は他にもあるのでしょうか?
雨の日にできない作業の方が多いですね。例えば機械に乗って行う作業は、雨が降っているとグラウンドにダメージを与えてしまうだけなので基本的にはやりません。ただ、試合前日か当日に行う「刈り込み」という表面を整える作業は、やらないとプレーに影響が出てしまうので雨が多少降っている程度ならやりますね。
──関口さんにとって、欠かせない仕事道具はありますか?
芝生用の「グリーンフォーク」という道具があるんですけど、それは肌身離さず持ち歩いています。
<写真:グリーンフォーク実物>
それを持っているとふとした時に地面の硬さはどうか掘ったり、損傷した芝生を直したり、散水栓のフタが外せない時にフォークで持ち上げたりして、身につけていると助けられるので。あとは、機械がないと私たちの作業は成り立たないので、機械の状態はすごく気にして見ています。
大雨の日はスタジアムで様子をずっと観察しています
──相模原ギオンスタジアムはサッカー以外にラグビーやアメフトでも使用されるため、それぞれ求められることも違って大変なのでは?
それぞれ全然違う競技ですから、どれに合わせるか迷う時はありますね。もちろんその週の競技に合わせていきますけど、次の週に別の競技が控えていることもあるので、いい状態の芝生をキープしていくかをいつも意識しています。
──稼働が多いと、ケアをするだけで手いっぱいになりそうですね……。
ちょうど最近、JリーグとWEリーグ、アメフト、陸上の大会が3日間あって、ギオンスの稼働がかなり多い時がありました。そういう時は100%の状態にはできなくなってしまうので、なるべくいい状態をキープすることを意識しています。よく、水捌けがいいとか、綺麗で青々していると言っていただいて嬉しいですけど、実は「今日の状態はすごくいい」という日の方が少ない(苦笑)。でも、土砂降りだった長野戦はコンディションがすごくいい日でした。
──長野戦は、かなりの雨でしたけど「大丈夫だろう」という確信もあったのでしょうか?
そうですね。前日も大雨が降っていましたけど、まったく水が溜まっていなかったので「これはどれだけ降っても大丈夫だな」という確信がありました。先輩から「1時間に20ミリ以上の強い雨が降るときは、スタジアムで芝生の様子を観察するといい」と教わって以来、グラウンドに水が溜まるかどうかを確認するようにしています。スタンドの軒下でずーっと監視して(笑)、怪しいなと思う箇所があればカッパを着て直接見に行って、水が溜まっていたらマーキングするということをしています。
──芝生と“コミュニケーション”を取る上で大事にされていることはありますか?
芝の表面の露の乗り具合、触った時の葉の感触が柔らかいのか、硬いのかは気にかけています。それは、日照不足だったり雨が続いたりすると芝生が変異を起こしてヒョロヒョロに長くなってしまうので、そういう変化がないかの確認のためですね。
あとは、毎回ではないですけどカップで抜き取って根っこの状態が大丈夫か見たり、匂いを嗅ぐこともあります。ギオンスではそういうことはないですけど、透水性が悪いと臭くなるので。芝生に喋りかけたりとかはしないですよ(笑)。言葉で訴えてくれることはないですけど「今は水が欲しいのか、今は栄養が欲しいのかと推測して、あの時はああしたら、状態が少し悪くなってしまったから次は違う方法を試してみよう」と、その精度を日々上げることを心がけています。
──どんな状態のグラウンドがいいグラウンドと言えるのでしょうか?
管理する人の好みにもよるのですが、私は選手からボールがよく転がるな、走りやすいなと思ってもらえるような状態を理想にしています。あとは簡単に芝生がめくれてしまうと利用頻度に対して耐えられなくなってしまうので、芝生の強度も大事だと思っています。
──他のスタジアムの芝生を観察したり、ライバル視することはありますか?
やっぱり見ちゃいますね。仕事が忙しすぎなければ、DAZNでJ1からJ3をハイライトで全部視聴しています。でも、試合結果じゃなくて見ているのは芝生の状態ですね(笑)。
──マニアックな見方ですね……。
「ここの状態はいつもいいな」というグラウンドは毎週チェックしています。一方で、「ここのグラウンドは良くなかったけど、なんで今は回復したんだろう」と要因を推測したり、ギオンスでも同じ事象が起きる可能性はないかと思いながら見ています。
──映像だけではなく、現地に行って芝生を観察することも?
あります。ピッチまで降りて見たいくらいですけど、それはできないのでメインスタンドの一番下の席を買って、ウォーミングアップ時の芝生の損傷具合やグラウンドキーパーの方の試合での動き方を見ています。スマホでグラウンドをいろんな角度から撮っていますし、一人だけ怪しいですよね(笑)。
SC相模原が上のステージへ行くために
──関口さんは、なぜそこまでストイックに芝生の研究ができるのでしょうか?
これも先輩から教わったことなんですけど、グラウンドキーパーの1シーズンを1回の経験とすると限られた回数の経験しかできないからですね。私は今50歳で、60歳で定年を迎えるとしたらあと10回の経験しか積むことができません。だけど「10回」をなんとか「11」や「12」にするため、他のグラウンドを観察して少しでも自分が成長できるように、いろんな芝生を観察するようにしています。でも私だけではなくて、職場のみんなも試合はたくさん見ていますよ(笑)。
──そうしたこだわりの強さは、元々持っていたものなのでしょうか?
元々こだわりが強い人間ではありませんでしたけど、自分の知らないこと、経験のないことをちょっとずつできるようになることに快感を得ています。そういう思考が今の仕事にプラスに働いているのかなって今思いました。
──SC相模原の試合や結果はいつも気にされていますか?
もちろん。選手が足を滑らせないか、ボールがイレギュラーな跳ね方をしないかという見方もしていますけど、「勝ってほしい」と純粋に応援しながら見てます。
──最後に、関口さんがこの仕事をする意義を教えてください。
私は日本体育施設株式会社という看板を背負って、ギオンスのグラウンドに立っています。会社の名にかけて芝生を悪くすることはあってはいけませんし、私たちの仕事は自分好みの芝生を育てることでもありません。施設の方や利用される方の意向に沿って仕事をしているというのが、根本にあります。選手たちには、パフォーマンスを発揮しやすい場を提供したいと思っていますし、SC相模原が勝利を重ねて上のステージへステップアップしていく、私たちが管理している芝生が、そのための“支え”になれたら嬉しいですね。
<写真:8/31長野戦>