KITAKEN MATCHREPORT Vol.35
vs 藤枝MYFC
『全力で楽しもう』
あぁ!
思わず、記者席で立ち上がってしまった。あとちょっとで逃げ切れるところだった。勝利へのカウントダウンは始まっていた。僕の頭の中には勝利の歌「ヴェルデ・ネロ」が確かに聞こえていた。でも……。
2-1でリードして迎えた後半終了間際、藤枝MYFCの安藤由翔の強烈なミドルシュートがクロスバーを叩いた。危なかった!助かった!だが、ピンチは続いていた。空中に浮いたボールを森島康仁が頭でつなぐ。梅井大輝が必死に蹴り出そうとするが、わずかに届かない。
「誰かがシュートを打ったら、絶対にこぼれ球に反応しようと思っていた」
劇的な同点弾を決めた藤枝の久富良輔は振り返った。ゴールネットが揺れたのは93分56秒。アディショナルタイムとして表示された5分まで、あと1分だった。残り時間で勝ち越しを狙ったものの、2-2の同点で終わった。
1-1で引き分けたアウェイのFC岐阜戦から中2日での藤枝戦。岐阜戦で自分から交代を申し出たホムロはベンチにも入っていない。代わりに、和田昌士が先発に復帰してユーリと2トップを組んだ。ミルトンが10月11日のY.S.C.C.横浜戦以来のスタメンに名を連ねて3バックで臨んだ。
9分に先制ゴールを決められたものの、22分に追いつく。夛田凌輔が右の低い位置からロングパスをDFラインの背後に蹴り出す。これを胸でコントロールしてシュートに持ち込もうとしたユーリが倒されPKを獲得。第6節のいわてグルージャ盛岡戦でPKを外したユーリだったが、この日は真ん中に強烈なシュートを突き刺した。
だが、相模原にアクシデントが起こる。26分にボランチの梅鉢貴秀が痛めると前半終了を待たずに交代を余儀なくされる。前半の途中から腰を抑えていた和田もハーフタイムで下がった。貴重な交代カードのうちの2つをアクシデントによって使うことになった。
スタメンで出場した選手が万全の状態でプレーできればその方がよいのは間違いない。ただ、これだけの過密日程で戦っていれば怪我のリスクは必然的に高まる。そうしたアクシデントを乗り越えられるのが真の強いチームだ。
「控えで入った選手たちも日頃から良い準備をしてくれていることが、今日の試合で改めて確認できました」
三浦文丈監督が試合後にこう語ったように、窪田良、清原翔平、三島康平という途中交代で送り込まれた選手たちはピッチの上でチームから求められることを体現し続けた。
52分のゴールは星広大のフリーキックを清原が合わせてポストに跳ね返ったところを、才藤龍治がつめたものだ。岐阜戦でJリーグ通算150試合出場を達成した才藤は試合後にツイッターで「キヨくんあざす笑」とお礼をしている。
2-1とリードしたあと、三浦監督は逃げ切りにシフトしていく。ベンチにいる選手の中からパスをつないで攻撃の時間をつくれる藤本淳吾ではなく、三島をチョイスしたのは藤枝が最後にパワープレーを仕掛けてくることを見越してのものだった。
藤枝の石崎信弘監督は後半から大石治寿、谷澤達也といった元相模原のアタッカーを次々と投入してきた。「サイドからの攻撃が多かったので、大石や谷澤を入れて中から攻める形を増やしたかった」と起用の意図を明かす。
相手が圧力を強めてくる中でも、相模原は全員で耐えていた。「今までもそういう試合はありましたし、後ろも高くて強い選手が揃っているので、ロングボールを放り込まれても耐え切れるという自信はあったと思う」。窪田が言うように、最後まで粘り強く、我慢強く戦い抜けば勝てるという成功体験が相模原の選手たちにはあった。
残り数分でのコーナーキックは中に蹴り込まず、三島が身体を張ってボールをキープする。サッカーファンの間で“鹿島る”とも言われる、リードしたチームが時間を稼ぐための戦術的プレーだ。
「途中からはロングスローを投げずに時間を稼いだり、簡単なボールロストをせずに前線でキープしていこうとした」(三島)
チームの意思統一はできていた。全員が体を張っていた。ただ、勝ち点3をつかむことはできなかった。最後に逃げきれなかった要因は? という質問に三浦監督はこう答えている。
「しっかりと逃げ切る形でもボールには行かなければいけなかったし、結果的に寄せが甘くなってミドルシュートを打たれてバーに当たって、その跳ね返りをやられてしまった。そこは改善しなければいけないと思います」
ただ、と続ける。
「これまでも逃げ切ってきたので選手たちは自信を持っていたと思います。プラン通りにやってくれていました。反省しなければいけないところは反省しないといけませんが、ネガティブになりすぎても仕方ないかなと」
三浦監督によればロッカールームに引き上げた選手たちの表情は、まるで負けた後のようだったという。三浦監督は「負けたわけじゃないよ」と声をかけて、次の試合に向けて切り替えるようにうながした。
「こうやって昇格を意識しながら戦えることは、何度もあるわけじゃありません。変な言い方かもしれませんが、この状況を選手たちには楽しんでほしい」
ラスト9試合。ここからは1試合1試合が決勝戦のような重みを持つことになる。とてつもなくシビアだけれども、とてつもなく幸せな時間を、全力で楽しもう。
取材・文 北健一郎(SC相模原オフィシャルライター)