
言葉にできない感情が、スタジアムには確かに存在する。
勝利を目指し、目の前の相手に挑み、最後まで戦い抜く選手たち。
そして、がむしゃらに走り続ける彼らに、どんな時もエールを送り続けるサガミスタの姿──。
シーズン途中にオフィシャルライターに就任し、たった4カ月。その間にも、確かに“ギオンス劇場”と呼ぶべき、いくつものドラマがあった。
文=青木ひかる(SC相模原オフィシャルライター)
編集=北健一郎(SC相模原オフィシャルライター)
心つかまれた、“約束”のゴール
「来月から、SC相模原のオフィシャルライターを引き継いでもらいたい」
北さんから話を受けたのは、夏の暑さが本格的になってきた7月の初旬のことだった。
会社の先輩であり、前任を務めていた舞野さんが7月末で退職し、ライター業から身を引くことになる報告は受けていた。
「すでに横浜FCのオフィシャルライターを担当している中、自分がやり切れるのか」
正直不安がなかったわけではない。ただ2023シーズンにも、何度か新体制発表や試合の取材のサポート役を任せてもらったことがあり、すでに広報スタッフさんとは面識もあったし、アットホームで素敵なクラブであることも分かっていた。
試合日程を見ると、8月以降は綺麗にホームゲームがかぶらないことにも、どこか縁を感じた。
「やります。頑張ります」
引き継ぎ決定後、初仕事となった第22節のテゲバジャーロ宮崎戦。0-0で迎えた75分、右ウイングバックの西久保駿介選手に代わって、藤沼拓夢選手が交代でピッチに立つ。
手元のメモ帳に「26西久保→97藤沼」と書き終えてパッと視線を上げると、ワンバウンドした浮き玉を捉え、藤沼選手がシュートを打つ瞬間だった。
「え、ちょっと待って!!」
わたしの声は、スタジアムMC福田悠さんの「ゴーーーール!!」のアナウンスと、歓声にかき消される。
均衡を打ち破る、ファーストプレーでのスーパーゴール。興奮が抑えきれず、この日が“ラストゲーム”となった舞野さんの肩を叩くと、普段はスコアが動いても冷静な表情が、うれしそうに緩んでいた。

「約束、守りましたよ!」
試合終了後の取材エリアにて、ヒーローインタビューが終わった藤沼選手が、舞野さんと握手を交わす。
あとから“約束”の意味を尋ねると、少し照れくさそうに舞野さんが教えてくれた。
「先週練習場で『次が最後です』って話をしたら、『じゃあゴール決めて送り出しますね』って言ってくれたんだよ。まさか、あんなゴールを決めてくれるなんて……」
そんな裏話があったのかと驚いた一方で、藤沼選手の人柄の良さにも触れ、決めてもらった本人でもないのに少し泣きそうになった。
きっと多くのファン・サポーターのみなさんが感情を動かされたように、わたしも「このチームの活躍をできるだけ多くの人に伝えられるよう、精一杯やろう」と決意する1試合となった。
“簡単には負けない”自信
正式に引き継ぎを終えた8月は、天皇杯でクラブ史上初のベスト16進出を叶えたこともあり、チーム全体の士気が高まっていた頃だった。
さらには、SC相模原アカデミー出身のゲームメーカー・中山陸選手が完全移籍、山内琳太郎選手が期限付き移籍で加わり、チーム内の競争心はさらに刺激される。各々が自分の武器をアピールしようと気概を見せ、練習に取り組む姿を見るのは純粋に楽しかった。
印象に残っている試合として外せないのは、やはり“神奈川県代表”の肩書きを背負い挑んだ、天皇杯準々決勝のヴィッセル神戸戦だ。
開始15分、デザインされたセットプレーから、加藤大育選手が先制点を奪った瞬間、腰を浮かせて一人ガッツポーズをした。30分に一瞬の隙を突かれ失点した際には、頭を抱えて本気で悔しがってしまった。後半にかけては、「引いて守ってカウンター」だけでなく、上位相手にも意図的にボールを動かし押し込むシーンも見られ、その堂々たるプレーに胸を打たれた。
試合は惜しくもPK戦の末敗れた。だが後日談として、この神戸戦でPKを外してしまった福井和樹選手と高野遼選手が、直後のリーグ戦(第25節FC大阪戦、第26節長野パルセイロ戦)でゴールを決め、チームを3連勝に導いたこともまた、心が沸き立った。

「誰が出ても強い集団になってきている」
綿引康選手の言葉のとおり、自信が強気なプレーにつながり、「簡単には負けない」チームづくりが、着実に進んでいるように思えた。
急上昇からの急降下
しかし、「こんなにも“できすぎ”な展開があるのか」と思わされる試合が続いていたとしても、現実はすべてが理想のシナリオ通りにはならない。
第26節の長野戦を2-1で勝利した相模原は、8位に浮上。J2昇格プレーオフ出場は十分狙える位置まで、巻き返すことができた。
「リーグ戦前半を落とした分まで、ここから全勝の気持ちで」
シュタルフ悠紀リヒャルト監督もそう意気込んで臨んだ、第27節のFC岐阜戦。試合直前のアップでラファエル・フルタード選手が負傷により急遽欠場になり、やや不穏な空気が流れる。
すると25分に左サイドを崩され先制され、前半終了間際にも追加点を許し、0-2に。後半でどうにか反撃を試みるも気づけば3失点し、0-5で大敗。その後も不調が続き、5試合で4敗1分と、ブレーキがかかってしまった。

急上昇からの急降下。リーグ戦では連敗が一度もなかった中、“ここぞ”の勝負所でのまさかの足踏みには、正直動揺した。
どうやら、最初の1カ月で相模原に完全に心を奪われてしまったようで、良くも悪くも、上手く割り切ることができない。試合後の取材では平常心は保てるが、終わって記者控え室に戻ると、落ち込んでしまう自分がいた。
そんな時、負け試合の後でもテキパキと撤収作業を行い、帰り際に気さくに話しかけてくれるV-STAFFのみなさんには、とても元気づけられた。
「あのシュートが入ってればなあ」「相手のGKがうまかったね」と試合の話をしながら、一緒にスタジアムを出て「青木さん、また次もよろしくね」「次こそは勝ちたいですね」と言葉を交わして別れる。ちょっと前向きな気持ちになって、帰路に着くことができた。
ほかにも、練習場で「杉本選手と竹内崇人選手の対談、おもしろかったです」とインタビュー記事の感想を教えてくださったり、「今日は誰に話を聞くんですか?」「コメント読むの楽しみにしてます」と声をかけてくれる、サガミスタのみなさんのあたたかさも、心に沁みた。
そして、スタジアムで遭遇すれば「今日も頑張ろうね」とハグをしてパワーを分けてくれ、猛暑の日も雨の日も選手たちにエールを送り続ける、頑張り屋さんのチームマスコット「ガミティ」の存在にも、何度も勇気づけられた。

新参者の自分にもこんなにもあたたかく接してくれる方たちと一緒に、チームがもう一度勢いづく姿を応援したい。そんな思いがより一層強まった。
まだまだ強くなれる
とはいえ、5戦未勝利により、J2昇格への扉は遠のいてしまった。長いリーグ戦の疲労も溜まる中、シーズン終盤での失速は、序盤につまづくよりもはるかに苦しい。メンタル面も含め、トンネルを脱却するのは相当な労力が必要だろうと感じていた。
しかし、選手たちは決して折れなかった。
“諦めの悪さ”を見せたのは、第32節の松本山雅FC戦。相模原は相手のボールホルダーに果敢にアタックし、ハーフライン近くでボールを刈り取る守備で、徐々にペースをつかみはじめる。さらに奪った後はバックパスを避け、積極的に裏を狙う動きでゴール前に押し入る回数を増やしていく。
そして53分、左サイドのスペースで杉本蓮選手がボールを受け、アウトサイドキックで対峙する相手の股を抜くパスを送ると、走り込んできた中山選手がファーサイドで合わせ、先制点をマーク。1点を守り抜き、相模原は6試合ぶりの勝利をもぎ取った。

「3年間在籍してきて、自分が先発で出て勝てた試合がなかった。だから今日、スタートから出て勝つことができて、本当にうれしい」
3カ月ぶりに先発出場し、2ボランチの一角を担い攻守に走り回った西山拓実選手の笑顔は、今シーズンの忘れられない思い出の一つだ。
さらに驚かされたのは、“他力本願”の状況でありながら「J2プレーオフ出場」を目指す姿勢を、最後まで貫き通したこと。誰かが「もう無理だろう」という空気を出せば一気に崩れてしまいそうな状況で、チームは4勝1分と好調を取り戻した。
確率がゼロになるまで、絶対に諦めない──。
第37節、奈良クラブ戦に敗れたことでついにJ2昇格の道が絶たれると、杉本選手をはじめ何人もの選手が涙を流した。最後の最後まで可能性を信じて走り続け、本気で悔しがる選手たちの姿が、そこにはあった。
「SC相模原は、まだまだここから強くなれる」そう感じさせられた瞬間だった。

これからも、“諦めの悪い男たち”と共に
振り返れば、シーズン途中からの担当とは思えないほどに密度が濃く、正直ハードな4カ月だった。
週に1度の公開練習日には、横浜市内の自宅から1時間近く電車に揺られスポレクに通い、不足する情報量を補うために午前練習と午後練習の両方を見学させてもらう日もあった。
土曜日に横浜FCのホームゲーム、日曜日にSC相模原のホームゲームと連日取材が続き、眠い目をこすりながら、月曜日の午前中のMTGに参加することもしばしば。聞きたいことをたくさん質問するまではいいが、文字起こしがなかなか終わらず、自分で自分の首を絞めたりもした。
それでも最終節までやり切れたのは、困難にぶつかっても挫けず立ち向かう、“諦めの悪い男たち”に出会えたからだ。
シーズンオフを迎え、寂しいお別れもあった。SNSを開けば、J2に昇格したチームの投稿が目に入り、胸がチクりと痛むこともある。
ただ、いつまでも悲しんでいる暇はない。もうあと1、2週間もすれば年が明け新チームが始動し、また新たなシーズンが幕を開ける。
1年半後、勝利の『ファミリア』が響く中で、J3優勝とJ2昇格決定の原稿を書くイメージを持ちながら、楽しみなことはすでにたくさんある。
中山選手が、スタートから中軸としてチームを引っ張っていく姿への期待感もふくらむし、おそらくサッカー観が合う田鎖勇作選手との連携プレーも見られるはずだ。「怪我せず最終節まで」と言っていた直後に足を痛めてしまった高野選手には、どうか今度こそ負傷離脱なく走り切ってもらいたい。
試合以外でいえば、ガミティともっともっと仲良しになり、「ガミティ大好き委員会」のメンバーになるという野望は、まだ諦めていない。新商品が出るたびについ回してしまうガチャガチャも、地道にコレクションしなければいけないし、残り3つのホームタウンデーの取材をするミッションも残っている。
頂点を目指す挑戦は、決して簡単な道ではない。今シーズンのように、快勝が続いたかと思えば、「まさかここで」というタイミングで連敗し、やきもきすることもきっとあるだろう。
それでも、選手たちはその壁を乗り越えるための努力を惜しまず、また心揺さぶるプレーを見せてくれるはず。そのひたむきさに惹かれ、夢中になった人間がここにいる。
ギオンスで巻き起こる数々のドラマを、全力で楽しみ、時に笑い、時に涙しながら。緑の戦士たちの奮闘を追いかける日々は、これからも続いていく。



