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11-27-2019

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KITAKEN MATCHREPORT Vol.28『天国のドクターのために』

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KITAKEN MATCHREPORT Vol.28
vs ロアッソ熊本
『天国のドクターのために』

メインスタンドから向かって右側。SC相模原のベンチには1枚のTシャツがかけられていた。背番号は入っていない。スタッフが着用する黒いトレーニングウェアだった。ピッチに立っている選手たちの左腕には黒い腕章が巻かれていた。

その理由は試合後の記者会見で、指揮官の口から明かされた。

「試合のコメントを出す前に……、今週うちのチームドクターとして協力してくれた今井先生が事故で亡くなってしまって、それについて追悼の意をしたいと思います」

今井宗典ドクターの訃報が届いたのは、ロアッソ熊本戦の前日だった。不慮の事故に巻き込まれてのことだった。享年39歳。あまりにも早すぎる死を知らされて、SC相模原の選手、スタッフは誰もが言葉を失った。

24日の試合にも当然ベンチ入りする予定だった。ただ、それは叶わなくなってしまった。

試合前、三浦文丈監督はこんな言葉をかけた。

「しっかり勝って、今井先生を送り出そう。今井先生と共に戦おう」

対戦相手の熊本は試合前の時点でJ3で4位につけていた。自動昇格圏内との勝ち点差は6。残り3試合、どうしても勝たなければいけない状況だった。一方、SC相模原は3連勝しても一桁順位には届かない。目標を見出しづらい状況だった。

正直に告白すると試合前は一方的な展開も覚悟していた。モチベーションが高い熊本に攻守に圧倒されてしまうのではないか、と。違った。SC相模原の選手たちはいつもの試合と同じように、いや、いつもの試合以上の気迫を出して、上位のチームに立ち向かっていった。

スタメンはGKに原田岳、3バックは加納錬、丹羽竜平、阿部巧、ボランチは稲本潤一と千明聖典、右に平石直人、左に古川雅人、シャドーに川上エドオジョン智慧と梶山幹太、トップは大石治寿。大石と丹羽というセンターラインの主軸を除き、前節のカマタマーレ讃岐戦から大幅にメンバーをシャッフルしている。

開幕の頃から、三浦監督は紅白戦ではサブ組を仮想対戦相手として、スタメン組を中心に次の試合に向けた攻略ポイントを落とし込んでいた。だが、2、3週間前からそれをやめたという。

「練習の中でアグレッシブな選手、乗ってきている選手、トレーニングマッチでやっている選手を第一チョイスにして、この時期はやっていくべきじゃないか。そういう考えのもと、この間の試合と今日の試合ではメンバーを選びました」

立ち上がりから、ボールを支配したのは熊本だった。SC相模原がほとんど危険な場面を作らせない。パスの供給源であるボランチにしっかりとプレッシャーをかけ、サイドに出させてゴール前で跳ね返す。

むしろ、チャンスの数では上回っていた。33分に丹羽からの浮き球のパスを阿部がダイレクトシュート。35分には梶山の絶妙なスルーパスから川上エドがGKと1対1のチャンスを迎えた。42分には、稲本がコーナーキックからヘディングで合わせている。

前半を終えて0-0。引き上げてくる熊本の選手たちの顔には、焦りの色が浮かんでいた。

後半に入ると、勝ち点3が絶対に必要な熊本が圧力を強めてきた。76分には183センチの長身FW、三島康平を投入。エースの原一樹とともに2人のターゲットにボールを放り込むようになった。

だが、DFリーダーの丹羽を中心とした守備陣はゴールを割らせなかった。2年目の今シーズン、多くの試合でキャプテンマークを巻いた”アニキ“は強面の中にも充実した表情を浮かべた。

「後半はクロスを上げられるシーンが多かったですが、中で跳ね返せたので、結果オーライじゃないですけど、良かったのかなとは思います」

待望のゴールが生まれたのは85分。阿部がDFラインの背後にパスを出すと、大石がナナメに飛び出す。左45度。ゴールやGKは見ていなかったという。ただ、生粋のストライカーの頭の中にはゴールへの道筋が明確に描かれていた。迷わずに左足を振り抜くと、強烈な弾道のシュートが突き刺さった。

ゴールネットが揺れるのを確認すると、大石はゴール裏に向かった。陸上トラックを横切って、最前線で応援していたサポーターの輪に飛び込んだ。まさしく、選手とサポーターが一つになってとったゴールだった。

89分には、最大のピンチが訪れる。右サイドでパスを受けた熊本の原がフリーでシュートを打つ。丹波とGKの原田が距離を詰める。だが、原のシュートは原田に当たりコロコロと転がっていく。危ない――。だが、ゴールライン上で緑の選手がかき出した。加納だった。

「あそこは竜平さんがボールに行っていて、(原田)岳も飛び出したので、スプリントでゴールカバーに戻りました。足にうまく当たってよかったです」

チームを救った男は笑顔を見せた。試合に出られなくても、メンバー外になっても、何があっても腐らなかった。どんな時も最後まで諦めずにやり続ける姿勢が、シーズン終盤にしてのチャンスという形で報われた。自分がピッチに立つ意味を、加納は自らのプレーで示した。

上位と下位の対決で、下位のチームが勝ったのは意外だったかもしれない。熊本の調子が良くなかったという見方もできるだろう。ただ、確かなのは、SC相模原にとって、この試合は「何もかかっていない試合」ではなかったということだ。

突然の事故で亡くなった仲間に勝利を捧げたいという思いがあった。良い時も悪い時も応援してくれたサポーターと喜びを分かち合いたいという思いがあった。自分と向き合ってきた時間をプレーで表現したいという思いがあった。

全ての思いが重なったからこその勝ち点3だった。


取材・文 北健一郎(SC相模原オフィシャルライター)