やまない雨はない
ピッチ上で抱き合う選手たち。梅井大輝が、工藤祐生が、谷澤達也が、千明聖典が、この試合のヒーロー・GK田中雄大の元に駆け寄った。1-0。SC相模原は、5月6日から約1カ月半ぶりに勝ち点3を手にした。
勝った、ようやく勝った。選手もスタッフも、ファン・サポーターも安堵と歓喜の表情を浮かべた。相手は平均年齢で7歳も年下、順位も17チーム中16位に沈むFC東京U-23。ただ決して、簡単な試合ではなかった。
相模原ギオンスタジアムは、前々節に続いて強い雨に見舞われていた。梅雨の季節だけに仕方ないが、客足はどうしても遠のいてしまう。それでも、会場には2,531人の観客が集まり、そのうちの大多数がホームチームの応援に駆けつけていた。オフィシャルグッズの緑のカッパを着る人がいる一方で、ゴール裏の芝生席では、傘もささずにサッカーボール片手に走り回る子供もいる。試合前のピッチ脇では、青山学院大学ソングリーディングBulletsが、ずぶ濡れになりながら渾身のパフォーマンスでエールを送っている。
ホーム会場には、老若男女、それぞれの思いが充満していた。
前節の福島ユナイテッドFC戦と同じように、チャンスは序盤に訪れた。11分、保﨑淳とジョンのパス交換で、左サイドからエリアに侵入した保﨑が倒されてPKを獲得。出場停止から1試合ぶりに先発したジョンが、これをきっちりと決めて先制。リーグ戦4試合連続となる先取点で幸先良くスタートを切った。
だが、試合はここから長い時間、正念場が続いた。
「攻撃に入った形やボールを失う回数が多く、守備のトレーニングをしているようなゲームだった」
西ケ谷隆之監督がそう振り返ったように、その後は、記録でも明らかなほど一方的に攻め込まれた。
■シュート
SC相模原:3本
FC東京U-23:11本
■コーナーキック
SC相模原:2本
FC東京U-23:12本
後半にいたっては、SC相模原のシュートは、左サイドハーフから右サイドハーフにポジションを替えた保﨑が枠外に外した1本だけ。DAZNの5分弱のハイライト映像を見ても、SC相模原の攻撃は、ジョンのシュートとも言えないようなシュートとPKのシーンしか映っていない。そんな展開だった。
そして、悪夢が訪れる。後半44分、前半にPKを獲得した形とまったく同じように、今度は逆に、左サイドのパス交換からエリア内に侵入した相手MFの芳賀日陽を、谷澤が倒して警告を受けてしまう。
前節は、2-0から同点に追いつかれた。今日もまた、勝てないのか──。
スタジアム中にそんな空気が充満する。だが、この日は救世主がいた。田中だ。相手のエース・矢島輝一が右に蹴ったシュートを完璧に読み切る。中央大出身の矢島は、桐蔭横浜大時代に対戦経験のある相手。お互いにクセを知る同士の駆け引きの末に、田中が見事なセービングでチームの絶体絶命の窮地を救った。
「GKのプレーで“イケるぞ”という雰囲気を作れることもあると思う。自分の持ち味であるシュートストップを、90分通して出せるようにしなければいけない」
前々節のFC琉球戦を2-5で惨敗した試合後、田中はそう戒めていた。この試合はその言葉どおり、相手のシュートをことごとくストップし続けて、そして最後の最後に大きな仕事をやってのけた。
今日はイケるぞ──。
アディショナルタイムを含めて残り時間は5分ほどだったが、相手の猛攻は続いていた。だが、守護神のスーパーセーブに後押しされたチームからは、不思議と失点しそうな雰囲気が消え去っていた。
そしてタイムアップを迎える。“戦犯”になりかねなかった谷澤が、田中の元に駆け寄って抱きしめる。選手たちはまず安堵の表情を見せてから、勝利した喜びの感情をピッチ上であらわにした。
「単純に技術と判断ができていない。だからこそJ3でプレーしているのだと思う。トレーニングでどれだけ改善できるかは僕の仕事ですが、選手自身がどれくらい気づいてやれるのか。意識を向けられるのか。ゲームで出てしまうという現実を受け止めないとずっと同じことの繰り返し。そのことは選手に対して口を酸っぱくして言っているが、時間の掛かる作業でもある。根気強くやっていかないといけない」
指揮官は試合後、手放しに喜ぶことはなく、むしろ反省点ばかりが口をついたが、一方で「勝ち点3を取れたこと、無失点で終えられたことは、チームとしてポジティブに捉えたい」という言葉も忘れなかった。
松本山雅FCから育成型期限付き移籍で加入して、2試合連続フル出場した森本大貴を始め、工藤や梅井、それに中盤で果敢にチェイシングに奔走した千明など、守備面の成果が見えた試合。「守備でも攻撃でも練習からしっかりとやってきたからこそ、今日の試合につながったと思うし、これを続けていくことがまた次の勝利につながっていくと思う」(ジョン)と、勝てない日々でも継続したことが少しの形となった試合。何よりも「勝利」という結果が、チームを上昇させる起爆剤となることを実感した試合だった。
後半に入って弱まっていた雨足は、試合終盤、再び強くなっていた。だが試合後、クラブ関係者やボランティアスタッフが撤去に勤しむスタジアムには、気がつけばもう、雨粒は落ちてこなかった。
やまない雨はない。SC相模原はきっと、ここからまた勝利を積み重ねていけるはずだ。
取材・文 本田好伸(SC相模原オフィシャルライター代行)
※オフィシャルライター・北健一郎がロシアW杯取材中のため、6月のホームゲームはライター・本田が担当します