KITAKEN MATCHREPORT Vol.10
vs セレッソ大阪U-23
『シンクロニシティ』
歓喜の瞬間が訪れたのは、89分だった。
スコアは1-1。前半20分に工藤祐生が先制するも、後半になると劣勢に回った。78分に同点ゴールを決められる嫌な流れだった。これまでなら、勝ちきれなかったり、踏ん張りきれなかったりして、失望を味わうことが多かった。しかし、今日はそうならなかった。
DAZNでベストゴールの1位に選出された、セレッソ大阪U-23戦の決勝点は、あまりにも美しかった。ゴールまでにつながったパスは10本、ボールに関わった選手の数は6人。
攻撃の起点を作ったのは千明聖典だ。小柄なレフティはゴールまでに3回もボールに関わっている。右サイドで松本からパスを受けて、梅井大輝、丹羽竜平を経由したボールを、左前方にいた保崎淳に出した。保崎が体を張ってリターンしたパスを、DFラインの背後に走り込んだ松本孝平にスルーパスを通した。
30秒ほど前--ジョン・ガブリエルに代わってピッチに投入された松本は、「フレッシュな自分が走り回らなきゃと思っていた」という。左サイドでパスを受けると、後ろから声が聞こえた。「マツ! 出せ!」。全く見ていなかったが、声を信じてヒールパスを出した。
松本に声をかけ、パスを要求したのは左サイドバックの丹羽だった。経験豊富な32歳は、ここぞというタイミングを見逃さずに上がってきていた。「2人ぐらいが入ってきているのが見えていた」丹羽は、左足でクロスを入れた。
ジョンが交代で下がって、松本もゴール前にいない。丹羽が選んだのはGKとDFの間を狙った、ライナー性のボールだった。軌道の先にいたのはキャプテン・谷澤達也。静岡学園出身のテクニシャンは、体の近くに来た、決して簡単ではないボールを、腰をひねりながらうまくミートした。
2-1。
「相模原に来てから初めて家族が試合を見に来てくれていたので、ゴールも決められて、よかったです」
試合後の谷澤には最高の笑顔があった。入場時にだっこしていた6カ月の赤ちゃんを含めた4人の子供と妻、両親など家族が応援に来ていた。普段は相模原と静岡で離れて生活しているからこそ、勝って喜びをプレゼントしたかった。
学生時代までさかのぼってでもほとんど経験がないという、キャプテンマークを着けてのプレー。自由奔放、天真爛漫なイメージがある谷澤は、その裏側で葛藤を抱えていた。
「キャプテンマークを着けていると責任感も感じますし、自分がキャプテンになってから負けている試合が多いのは嫌だった」
9月のリーグ再開以降、SC相模原は白星から遠ざかっていた。うまくいったと思えば、次の試合では別の問題が出てくる。とりわけ、谷澤が課題と感じていたのは「守備の連動性が出せないこと」だった。どこで奪うのかがはっきりせず、相手にボールを持たれ、体力を消耗して最後に失点する。そんな試合展開が多かった。
「ビルドアップでも、守備の部分でも、うまく連動できていないですし、チームとして原点に帰って一からやらないと、このままズルズル行っちゃう可能性が高い」
0-1で落とした第22節のブラウブリッツ秋田戦後、谷澤はシビアなコメントを残した。それは、キャプテンとして、このチームを何とかしたい、一つでも上に行きたいという、強い気持ちの表れだった。
西ヶ谷隆之監督は、前節のギラヴァンツ北九州戦から谷澤を2トップの一角で起用している。
「谷澤がトップにいるおかげで守備のスイッチも入りやすくなっている。彼が背中で見せてくれている部分を、チームとしてもっとしっかりと見て、向上していくようにやっていかなきゃいけない」
テクニシャンというイメージがある谷澤だが、それだけの選手ではない。むしろ、就任会見で「球際を見て欲しい」と宣言したように、ボールの奪い合いや、球際での激しさへのこだわりは誰よりも強い。
サイドハーフやシャドーで起用されたときは、最前線の選手に合わせてプレスのタイミングを調整しなければいけなかった。だが、2トップで一番前にいる今は、自分から主体的にプレスに行ける。
北九州戦、C大阪U-23戦。2連勝した2試合で、完璧とは言えないまでも、守備の改善が見られたのは、谷澤が守備のスイッチを入れているからだ。言葉ではなく、行動で示す--。SC相模原のキャプテンマークを巻いているのは、そんな男だ。
この勝利によって順位は10位にまで上がった。開幕前に掲げたJ3優勝という目標からすれば、今の状況は決して喜べるものではない。それでも、勝てない時期を過ごし、うまくいかない苦しみを味わいながらも、積み上げてきたものがあるのも確かだ。
そうでなければ、あんなにも美しいゴールが生まれるはずはない。
取材・文 北健一郎(SC相模原オフィシャルライター)