チーム創設の経緯

相模原市は、2007年3月の2町編入合併により人口70万人を超え、全国19位、 政令指定都市以外では岡山市を抜いて日本一人口の多い市になりました。

そして現在、2010年3月末までの政令指定都市移行を目指しています。

しかし、地理的・歴史的経緯から、これまでどちらかというと “まち” としての一体感が薄く、 住民の間には文化やスポーツに対するある種の飢餓感があります。

そこで目下、市民有志が集まり、 縁合って知り合いとなった元Jリーガー選手が立ち上げるフットボールクラブを誘致し、Jリーグ入りを目指します。

サッカーはいまや青少年に最も人気のあるスポーツとして定着し、全国各地にそれぞれのホームタウンを持つチームが多数、活動しています。その活躍は、地元の熱い支援の賜物であり、また各自治体にとってもかけがえのない地域資産として “まち” づくりの核となっています。

ここ相模原市において、全国に名の轟くプロサッカーチームを作り上げ、市民と共に大きな夢を追いかけていく決意です。





なぜ相模原市なのか?


2007年の6月、相模原在住の知人に誘われ、魚のおいしい店があるというので、JR相模原駅の近くにある小料理屋を訪ねました。

すると、その店の大将が大のサッカー好き。

僕のこともよく知ってくれていて、引退のこととかいろいろ話をしているうち、「将来は監督を目指しているんですよ」というと、「ぜひ、相模原でやってくださいよ」と冗談半分で頼まれたのです。

次に、またそのお店に遊びに行ったら、今度はサッカー好きの常連さんたちが何人か集まっていて、「相模原でJリーグを目指すようなサッカーチームをつくりたいんです!」「街興しのお祭りが必要なんです。ぜひ、来てくれませんか」とすごく盛り上がりました。

最初は冗談だと思っていました。 私自身、まずはC級ライセンスを取ろうと考えており、他のJチームからコーチの誘いもいただいていましたから。

でも、みなさんの熱意たるやものすごく、中心メンバーの方たちは市長に会いに行ったり、観光協会の会長に協力をお願いしたりしていました。

僕は現役時代、6つのチームを渡り歩いた経験があり、ビッグクラブと小さなクラブ、それぞれの良いところ、悪いところをいろいろ経験しました。

そして、本当に強いチームをつくるなら、自分の考えるような仕組みでやってみたい。
元Jリーガーがつくり、地域の人々と運営するサッカーチームがひとつぐらいあってもいいんじゃないか。
漠然とそうした夢は昔から持っていたのです。

有志のみなさんも、相模原市がせっかく合併で人口が70万人を超え、政令指定都市を目指そうというのに、有力なサッカーチームさえないことをとても残念に思い、それなら自分たちでなんとかしようと考えていました。

僕自身の昔からの夢と、相模原の有志のみなさんの思いが重なり合って行くなかで、「ぜひ相模原で、自分が理想とするような、本当に強いサッカーチームをゼロからつくりあげてみたい」と考えるようになったのです。

もちろん、私1人でサッカーチームを創ったり、運営したりできるわけではありません。

多くのみなさんの力や知恵を借りながら、ここ相模原に骨を埋めるつもりで頑張る決意です。





なぜSC相模原なのか?


日本国内ではJリーグのチームを筆頭に、スペイン語やイタリア語などの外国語(もしくは造語)+地名というクラブ名のチームが数多くあります。

しかし、わたしたちはホームタウンである相模原(地名)の前にSC(スポーツクラブ)を付けただけのシンプルな名前を採用しました。

それはなぜか。

実は、2007年12月に世界クラブワールドカップを制したイタリアのACミランをはじめ、スペインのFCバルセロナ、イングランドの名門リバプールFCやチェルシーFCなど、世界のなかでも強豪といわれるクラブの名称は、ほぼ地名のみというパターンが圧倒的に多いのです。

わたしたちも、いつかは世界の強豪クラブと同じステージに立ちたい!

そんな思いを込めてこのクラブ名にしました。





なぜ県3部リーグから?


新チーム「SC相模原」は、神奈川県リーグの3部に登録し、活動を開始します。

3部というと、試合はチーム同士の話し合いで組まれ、40分ハーフで審判も両チームが出すという、まさに“草サッカー”の世界です。そこから順に登っていくには、それなりの時間がかかります。

関係者の間でも、Jを目指すには、まどろっこしいのではないか、という話もありました。中には、すでに関東リーグに所属するチームを紹介してくださるというありがたいお申し出もありました。

しかし、あえて僕は、一番下の3部からスタートするという道を選びました。

なぜなら、それこそ本当に、まったく色のついていない、相模原の地元に根ざしたチームをつくることになると考えたからです。

Jの各チームのプロフィールを調べれば分かりますが、遠く離れた他の自治体から誘致したり、親会社の意向で振り回されたりしたケースが少なからずあります。

それでは「地域に根ざしたサッカーチーム」は生まれません。
元Jリーガーがつくった初めてのJチームにもなりません。
だから、県リーグ3部から始めるのです。

とはいえ、チームの実力自体は最初から、県リーグの上位クラスにするつもりです。
すでに、昨年までJ1やJFLで試合に出場していた選手が3名、参加してくれることになっています。
彼らも、「全くの白紙から、自分たちの力で、Jを目指すチームをつくりたい」という僕の考えに賛同してくれたからこそ、県リーグ3部のチームに来てくれたのです。普通ならそんなこと、考えられません。

僕が現役時代に交流のあった、みなさんも知っている選手からも、「がんばれよ、応援しているから」とか「そのうち、協力するから」といった声をもらっています。

僕はサッカーが大好きです。

サッカーを一生の仕事にしていきたいと考えています。
だからこそ、単に早くJに到達すればいいということではないのです。

これまでにない、新しい形のサッカーチームづくりを、相模原のみなさんと楽しみながら、進めていきたいと考えています。




2008年2月